眠らない都市、ザナルカンドにて。
はブリッツスタジアムの前で腕時計と睨み合いながら、ちらちらと辺りを見回してい
た。遅い、遅すぎる。大事な試合だっていうのに。もうすぐブリッツの試合が始まるとい
うのにも関わらず、ザナルカンド・エイブスのエースであり、の幼馴染であるティー
ダの姿がなかなか現れなかった。
この試合に勝たないと親父を越えられないって言ってたのはどこの馬鹿よ。
はっきり言って、ティーダがこの試合で勝とうが負けようが私の知ったことじゃない。ど
うせ勝ったってまたファンの女の子が増えて、情けなくデレデレしちゃって他の女の子
とデートとかするんだから。別に自分はティーダの彼女じゃないし、彼の行動をあれこ
れ注意する義務もない。だけどこの試合を楽しみにしていたのはティーダ自身。かなり
意気込んでいたし、もちろん応援もする。なのに遅刻で試合に出られないなんてマヌ
ケなことは許せない。
「!おまたせ!」
「遅いって!早く行きなよ馬鹿!」
ファンに囲まれながらやってきたティーダに、は彼の背中を思いっきり叩いた。いつ
までもデレデレしてんじゃない、と注意しながら。ティーダは強烈な背中の衝撃に顔を
顰めた。
「いってー!何するんスか!」
「これぐらいで涙目になってるようじゃ、まだまだジェクトさんを越えられないんじゃない?
泣き虫ティーダくん?」
「う、涙目になんかなってないッスよ!今夜こそ親父より俺が上だって皆にわかっても
らうんだから、ちゃんと見てろよな!」
「はいはい、行ってらっしゃい」
手を振ってティーダを見送る。いつものように試合の前はスタジアムの入り口で彼を待
って見送る。それはティーダが一年前にザナルカンド・エイブスでデビューした頃からず
っと繰り返されていた。
「さて、と。そろそろ私も客席に行かなきゃ」
最前列のゴール近くの席には座る。その席のチケットはいつもティーダが取ってい
てくれた。自分がシュートを決めたときに一番よく見える特等席。はティーダにとって
一番大切な存在だった。幼い頃からずっと一緒だった。いつのまにか『幼馴染』から『好
きな女の子』になっていて、でも本当の気持ちを伝える事が出来ない。恥ずかしくて、で
はなくて、振られて関係が崩れるのが怖かったから。
「よっし!頑張るッス!」
がいつもの場所に座ったのをティーダは確認してガッツポーズをして意気込んだ。そ
れを見ていたチームメート達はいつものようにティーダをからかう。
「よかったなぁティーダ、ちゃんがまた来てくれて」
「でもヘマはしないでよね。こないだ試合中にちゃんがナンパされてるのを見た途端、
血相変えてプールから飛び出して行っちゃったの、忘れてないでしょうね?」
「あはは・・・気をつけるッス」
だってしょうがない。口は悪いけどはすごく可愛い。そのへんの女の子みたいに派手
じゃなくて化粧もしてないけど、元が可愛いから男も寄って来やすい。やっぱりアーロン
も無理矢理呼べば良かったと少し後悔した。アーロンがの近くにいれば怖がって誰
も寄ってこないから。
「おい、行くぞティーダ!」
チームメートの呼びかけにティーダは「オッス!」と返事をしてプールの中に潜って行った。
絶対に今日は勝ってやる。親父を越えるために、そしてのために。
激しい試合の中、ティーダへのマークはかなり厳しいものだった。そのためにチームメー
ト達もティーダにパスが出せない。『あの』ジェクトの息子だからなのか、ティーダ自身の
力に警戒しているのかはティーダにもよくわからなかったが、マークから抜け出せないこ
とにだんだんとイラついてくる。
イラついてるのはも一緒だった。あの程度のマークでもたついていたらジェクトを越え
られない。試合の勝ち負けは最初どうでもよかった彼女だが、ティーダ自身が負けてしま
うのは嫌だった。純粋にティーダのシュートを見たかった。
「ティーダ!何やってるの、早くシュートしろー!頑張れー!」
は彼女なりに大きな声で応援した。だけど周りの観客の声援や指笛のせいで誰も聞
き取れない。ましてやティーダにも。しかしティーダは自分をマークしている選手の隙間か
らが大声を出している様子が見えた。
が何を言ってるのかわからなかったけど、でも口の動きからして『頑張れ』と言ってる
ように思えた。一生懸命に自分を応援するが本当に可愛いと思えて、愛しく感じる。
俺は思わずにやけそうになる頬を押さえて、パスくれと仲間にジェスチャーする。『大丈夫
なのか』という表情が浮かんでるけど、今の俺にはお構いなしだった。頷いてみせると仲
間も頷いて、俺に向かってボールが飛んでくる。俺をマークしていた相手がボールをキャ
ッチした俺に向かって突進してくる。それを交わして、逆に俺からタックルする。
(よし!マークは抜け出した!)
「よくやった、ティーダ!」
ティーダをマークしていた選手がプールから飛び出して客席に激突した。ティーダはそれ
を見てニヤっと笑って、同じように喜んでるに親指を立てた。も同じように指を立て
る。
そして、彼は飛んだ。
ボールはプールを越えて遥か上空に。彼自身も高くジャンプして空気中に飛び出し宙返
りをする。そしてそこでボールを思いっきり蹴ればティーダお得意のシュートの完成である。
観客はそう皆期待した。も笑顔でそれを望んでいた。
(泣かないで)
一瞬、頭の中で声が聞こえたのを私は感じた。気のせいなのかわからないけど、囁くよう
なその声はどこか懐かしい気がする。少年の声。言われたことはなかった。いつも私がテ
ィーダに言っていたその言葉。ジェクトさんにからかわれては「泣かないで」、ジェクトさん
がいなくなった後も「泣かないで」、ティーダのお母さんが亡くなってからも「泣かないで」。
そう私は言っていた。
(ごめんな)
「・・・え?」
私がそう呟いたとき、辺りに閃光が走った。スタジアムが揺れる。立っていられなくてその
場に座り込んでしまう。だけどそのままぼーっともしていられなくてどんどん崩れていくスタ
ジアムから逃げようとした。
「ティーダ!どこ!?」
はっとティーダのことを思い出しプールの方を見てみてもどこにも姿が無い。崩れていくス
タジアムから離れて道路にでる。逃げ惑う人々から頑張ってティーダの姿を探す。
「・・・何なのよ、これ」
ザナルカンドの建物が壊れていく。水に覆われた巨大な何かがのっそりと動き建物を吸
い込んでいく。目を凝らしてよく見てみると、その巨大なものに向かって人が走っていくの
が見えた。半壊している道路を走る人間二人。見覚えがあった。
「ティーダ、アーロン!?」
何をしているのだろう。死にに行くつもりなのか。は焦って二人を連れ戻そうと走る。
逃げる人々とは反対方向に走り、そして気付く。魔物がいる。十数匹のそれらにティーダ
とアーロンは囲まれて対峙していた。
「!無事だったのか!」
ティーダはの無事に喜んだが、今の状況では安心できない。魔物がの周りにも集
まってきた。
「早く逃げろ!」
「嫌だよ、ティーダを置いていけない!」
魔物に囲まれてるにも関わらずはティーダの元へ走り出した。斬りかかってくる魔物
をよけながら。しかし完璧に避けることなどできずに掠り傷が肌に刻まれていく。
「!」
ティーダがどんなに叫んでも彼女は止まらない。とうとう一匹の魔物から強烈な攻撃を受
け、はその場に倒れ込んだ。ティーダはすぐに彼女の元へ行きたかったが魔物がそれ
を邪魔する。
「アーロン!を助けないと!」
「・・・仕方がないな。だが、どうする?」
「何がだよ!早く助けないと!」
「をおまえと共に連れて行ってもいいのかと聞いている」
わけがわからなかった。突然変な怪物みたいなものが現れてザナルカンドを壊していくし、
アーロンが一体何を考えているのかもよくわからない。親父の土産だというこの剣も。何
で俺がこんなのが必要なのか。でも今はを守るために使わざるをえない。
「ああ!?俺はとずっと一緒にいる!どこへ行ってもだ!」
手放す気はない。には生きていて欲しい。自分がもし死ぬようなら、せめてだけで
も。だけど二人で生きていけるなら、ずっと一緒にいたい。俺は倒れても必死に起き上が
ろうとしているに向かって走り出した。
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