(思い出して)
さっきから頭の中で少年の声と青年の声が交じり合う。謝罪の言葉や思い出して、とか
私にもよくわからない。でも自分の中で何かが変わりつつあるのを感じた。言葉が思い
浮かんでくる。それを声にして、力を込めて。誰かがそう叫んだ気がした。
「ファイア!」
立ち上がりそう叫ぶと、一匹の魔物に向かって炎が襲った。魔物は悲鳴のような奇声
を上げ、不思議な光となり消えていった。連続して自分の周りにいる魔物にも同じよう
にして炎を繰り出した。
「!?」
魔物が消え去っての目の前に現れたのはティーダの驚いた表情だった。彼は駆け
寄り、崩れ落ちるの体を支えた。アーロンもゆっくりと二人の傍へと歩み寄る。
「が魔法を使えたとはな」
「魔法?何言ってんだよ、はそんなもん使えないって!今までずっと傍にいた俺だ
って初めて見たんだぞ!」
「いや・・・今のは確かに魔法だ。簡単な黒魔法だな」
「まさか、そんな・・・」
ティーダはわけのわからない、といった表情で肩で息をしているの顔を見つめた。
魔法なんておとぎ話の中だけだと思っていた。そんなものはこのザナルカンドには存
在しない。存在するのは便利な機械。魔法のように何でもできる機械。
「・・・アーロン、あれは何なの?」
「、無理すんなって」
ティーダに支えられながらゆっくりと立ち上がるに、アーロンはふっと目を細めて二
人に説明した。の言う『あれ』とは、街を破壊し魔物を放つ不気味な物体。
「俺達は『シン』と呼んでいた」
「『シン』・・・?」
聞いた事がないその単語。二人は首をかしげるが、また新たにやってくる魔物に油断
ができない。ティーダはを背に庇うようにして剣を構える。
「とりあえずここを逃げよう、アーロン!」
「いや・・・このまま『シン』に突っ込む」
「何さっきから無茶苦茶言ってんだよ!」
「だいたい『シン』って何なの?」
ティーダとの取り乱した様子にアーロンは仕方がないか、と言った風に肩をすくめた。
「いいから突っ込むぞ。は魔法が使えるなら・・・そうだな、あのタンクローリーに雷
の魔法をやってみろ」
そう言ってアーロンは道路に無造作に置いてあったタンクローリーを顎で示す。ティー
ダは自分の言う事を無視し、尚且つに無茶なことを言うアーロンに完全に頭に血
が上っていた。
「に命令すんなよ!」
「別に危ないことではないだろう」
「だからって・・・!」
「いいよティーダ。私、やってみる」
がティーダの横に並ぶ。ティーダは「は!?」と驚いたような怒ってるような顔で
を見たが、それを彼女が見ることはなかった。彼女の視線は、『シン』を向き、そ
してタンクローリーへと変わる。
「何となくわかるんだ。魔法をどうやってやるか、どう唱えればいいか。それに、今は
アーロンに従うべきなんだと思う。今までアーロンの言うとおりにやっていて過程は
どうであれ、結果には間違いはなかったから」
いろいろと突っ込みたいところはあったが、ティーダはの目つきが変わっている
ことに気が付き、ただ黙って彼女を見ていた。はそんな彼の方を向き頷いてみせ
ると、タンクローリーの方に手をかざし口を開いた。
「サンダー!」
バチバチっと音を立ててタンクローリーに電撃が走る。その衝撃でタンクローリーはガ
タガタと揺れ始め、道路から落ちた。ティーダは「すげえ!」と感心してを見るが、
アーロンが「ここからが見物だぞ」と言うので、視線をからアーロンに移す。
落ちたタンクローリーは道路の下で爆発を起こし、近くにあったジェクトの映像が映し
出されたビルを巻き込んだ。その衝撃でビルが道路に向かって倒れ込み、ティーダ達
の前にいた魔物はビルによって潰された。
「おい、ボーっとするな。行くぞ」
「え、行くって・・・どこに?」
「まさかここを渡れってんじゃないだろうな?」
「そのまさかだ」
倒れたビルの上をアーロンが走り、『シン』に向かっていく。ティーダも「よし!」と意気
込み、の手を握り走り出す。危なっかしい足取りではティーダについて行った。
なぜ私に魔法が使えるのかわからない。あの『シン』が現れてから私の心の中では
変化が起こり始めていることには気付いてる。私の中での『何か』が目覚めて、『シン』
に行きたがっている。
三人はビルの上を渡りきった。しかし、三人がいる道路を『シン』が吸い込んでいく。
アーロンは落ち着いた様子で『シン』に語りかけていた。それをティーダとが聞き
取ることはできなかった。
「アーロン!?本当にこのまま吸い込まれる気なのか!?」
「ああ・・・これはおまえの物語だ」
アーロンはティーダにそう言い放ち、そしての方へ顔を向ける。サングラスの中の
瞳がを映し出した。
「おまえが魔法を使えるのには何か理由があるはずだ。だから『シン』もおまえを導く。
覚悟するんだな」
「・・・私が魔法を使えることに、やっぱり『シン』が関係してるの?」
「やっぱり・・・って、一体どういうことだよ!」
ティーダがの両肩に手を置き問いかける。
何だか置いて行かれるような気がしたんだ。今までずっと一緒に家族のように暮らして
お互いのことで知らないことなんて何も無いと思ってた。だからいきなり魔法を使えたり、
俺には全くわからないことを何か勘付いてるようなが、何だか怖かった。がで
きるんなら俺にも魔法が使えるんじゃないかとも思ったけど、ちっともできそうにないんだ。
どうやればいいかもわからない。同じように呪文を唱えたって無理そうなんだ。今だって
ほら、何でこの状況でそんなにまっすぐな瞳なんだよ。
「『シン』が現れてからおかしいの・・・。頭の中で声が聞こえるし、魔法もさっき初めて使
った。ティーダはそんなことない?」
「俺は、別に何とも・・・」
「まあいい。向こうに行けばそのうちわかるだろう」
向こう、とは一体どこなのか。そうアーロンに聞く前に、俺達は『シン』に吸い込まれて
行った。そのとき繋がれていたの手に力を込めて、絶対離さないと心に固く誓った。