ティーダとが目を覚ますと、そこは見慣れぬ海だった。暗くどんよりとした空に同
じ色の海。二人はほぼ同時に目を覚まし、そして顔を合わせ辺りの景色を眺める。海
の先には遺跡のようなものがあり、明らかにザナルカンドではないということを悟った。
「・・・アーロンは?」
「さあな。・・・ここは一体どこなんだろうな」
「うーん・・・ザナルカンドではないし、『シン』に吸い込まれたんだから、『シン』の体の
中、とか?」
「うげっ、じゃあこれは海じゃなくて胃液ッスか?」
ティーダは濡れた服と体を嫌そうに見ると、それの臭いを嗅ぎ始めた。
「ちゃんと塩の匂いがする。『シン』の体の中ってことはまずないッスね」
「じゃあザナルカンドじゃない他の場所ってことだよね、あたりまえだけど。・・・ねえ、
あの遺跡の中に行ってみようか?」
「そうすっか」
二人で泳いで遺跡へと向かう。人の気配もしない不気味な場所だが、こんな海の中
にずっといるよりは建物の中に入ったほうが何倍もマシだと思った。ティーダはブリッ
ツの選手なので泳ぐのが得意で、も得意な方の部類に入る。難なく陸地へと辿り
つき、巨大な建物のほうへと進んで行こうとした。
「この橋やばいんじゃない?崩れそう・・・」
「大丈夫だって、心配すんな」
「どこからそんな自信が・・・」
巨大な遺跡へと続く橋はもろく、ティーダの後ろを歩くはそっと静かに歩いた。し
かしティーダはそれに構わずドカドカと乱暴に歩く。まるで見知らぬ土地にいることへ
の不安を掻き消すかのように。
そのせいでだろうか。幅の狭い橋がいきなり崩れ落ち、二人は再び海の中に放り出さ
れた。
「大丈夫か、?」
「何とか・・・いきなりでびっくりしたけど。ティーダが乱暴に歩くからでしょ!」
「俺のせいか!?」
「そうだよ。もしかして、怖くて元気なふりしてたんじゃないの?弱虫だからなー、ティ
ーダは」
「ち、違うって!・・・おまえのその落ち着きすぎな態度も異常だと思うよ」
「え・・・え〜?そうかなぁ」
別に嘘をついたわけじゃないけど、何だか嘘をついてるような気分に襲われた。この
見たことのないはずの遺跡から漂ってくる異様な雰囲気を前にもどこかで感じたこと
があるはずなのだ。それはここではない、どこか別の場所で。でもそれをティーダに
伝えることは気が進まなくて、ここが何処かという手がかりにもなりそうにもないので
あえて黙っていた。
「まあ、いいや。ビクビクされても困るし」
ティーダは笑って海へと潜る。地上へと戻る術がないからだ。
『!何か入り口がある!来てみろって!』
嬉しそうな顔で大きく右手を振ってを呼ぶ。水中にいるため声は出ないが、
にはそんなふうに言ってるように聞こえた。無邪気なティーダに思わず微笑み、彼
の方へ向かおうとしたが、より先にティーダの方へ向かうものがあった。魚のよ
うな魔物。それがピラニアだということに二人は気が付いた。襲い来る数匹のピラ
ニアをティーダは軽くかわし、剣を振るって反撃する。しかし倒しても倒してもピラニ
アはやってくる。とうとうそれはにも襲い掛かり、なぜか使える魔法で反撃を開
始する。
『サンダー!』
水中のものには雷だ、と咄嗟に思いつきそれを実行してみる。確かにそれは効果
抜群で、一匹のピラニアを狙ったつもりが一気に五匹を倒すことに成功する。
すごい、とティーダは心からそう思った。しかしそう思ったのも束の間、ピラニアとは
明らかにレベルの違う巨大な水中の魔物が現れた。は多少たじろいだものの、
サンダーの魔法を使ってみる。しかしダメージはほとんどないと言ってよかった。
それでもは諦めずに次の魔法を使おうとする。それをすかさずティーダが止め、
の手をひっぱり懸命に泳いで逃げた。
『ばか!無理だってあんなバケモン!』
『もうちょっとで新しい魔法が思い出せそうだったのに!』
お互いに水中で話してるためゴボゴボ、としか聞こえない。だけどティーダには
が怒ってるのがよくわかっていた。だけどあの魔物は無理だ、と彼は直感した。
『いいから、逃げんぞ!』
ティーダの必死な顔には思わず頷き、二人は入り口近くの穴に逃げ込んだ。
そこへ行こうと誘導したのはティーダだ。遺跡の入り口のような重々しい扉は追っ
てくる魔物から逃げるには大きすぎた。しかし二人が逃げ込んだ穴は巨大な魔物
には小さかったので、二人は何とか逃げ切ることができたのだ。
「大丈夫か?」
「う、うん・・・」
二人が辿り着いたのは、遺跡の通路だった。入ってきた穴から再び水中に出るこ
とはもはや不可能となってしまった。魔物が無理矢理穴に入ろうとして岩が崩れて
穴が塞がれてしまったのだ。
「もう先に進むしかない・・・よね」
「ああ。ったく、これもアーロンのヤツがいけないんだ!」
「でも、きっと何かあるんだよ。最後にはきっと何かが・・・」
ティーダは腰に手を当てて、深く深呼吸する。切り替えなきゃ、頭を。守らなきゃ、
を。もしかしたら、は自分より強いかもしれない。強力な魔法を使えるのだ
から。だけど彼女はいつでも自分が守るべき存在でありたいと思う。の魔法を
彼女の武器とするのなら、自分は彼女の防具となる。
「行くか!先に進むしかないッス!」
「それ、さっき私が言った台詞!」
そうだったっけ、とティーダは笑いどんどん先に進む。廊下をひたすら歩くと、広間
に出る。水中にあるためか、無人。ところどころ崩れていて柱が倒れていたりもす
る。
「寒いッス・・・火とかないのか?」
「魔法で出せるけど、燃やせるものがないとね」
「よし、探すか!」
二手に分かれて探そう、というの提案をあっさり却下してティーダは彼女の手
を握り広間を捜索し始める。やっと枯れた花束を見つけ、それにが火の魔法
をかけ燃やす。
「結局、ここはどこなんだろうな」
「この遺跡のこと?」
「ああ。『シン』の中に引きずり込まれたと思ったらいきなり海の中だったしな。ザ
ナルカンドにはこんな遺跡なかったし」
「私が思うにさ、ここは異世界だと思うんだよね」
「はぁ!?何言ってるんスか!?」
まるでファンタジーのようなことを言うにティーダは呆れた表情をする。しかし
彼女自身はまるで正論を言ってるかのような態度。
「だって、よくあるじゃない?異世界ファンタジー小説みたいなものなんだよ、きっ
と!ここはどう見たってザナルカンドじゃないしさ。・・・もしかしたら、『シン』にま
た吸い込まれたら、ザナルカンドに戻れるかもしれないよ」
「異世界ってとこは認めたくないけど、でもまた『シン』に会ったら帰れるかもしれ
ないっていうのは一理あるかもな」
根拠は何もない。ほとんど勘だと言ってもいい。だけどそのときは、全ての手がか
りは『シン』だと思ったんだ。『シン』に近づいた途端変わった彼女、『シン』に触れ
た途端親父の顔が思い浮かんでくる俺。
本当に帰りたかったんだ。弱虫だと笑われても、泣き虫だと指を差されてもどうで
もよかった。ただ、またあのいつもどおりの生活に戻って、隣でが笑っていれ
ば。ただそれだけでよかった。
悪い夢なら覚めてくれ、とそのときの俺は思っていたんだ。